前段
主にドラッグストアやスーパーマーケット等を主戦場にしてtoCビジネスを展開している企業にとって、店頭でのコミュニケーションは極めて重要なマーケティング活動です。派手な広告の方がセクシーに見えますが、その実、店頭こそが勝敗を分けているといっても過言ではないでしょう。それを物語るように、棚に飾られるシェルフボード、気を引くためのPOP、商品詳細を説明するためのパウチ、キービジュアルとセットになっているハンガー什器など、一つの商材だけでも多くの販促ツールが開発されています。正確な数字はどこにもありませんが、日本だけでも年間に1,000億円近い金額が、この販促ツールに投下されているのではないかと推測します。
従来型店頭コミュニケーションの弱点
この「従来型」の店頭コミュニケーションツールの大きな弱点は、ターゲットとする消費者や時間帯によってコミュニケーションを変更できないことです。さらに突き詰めて考えると、そのことによって「顧客のレセプティブモーメントを捉えられない」ことにあると私は考えています。
レセプティブモーメントとは、顧客が特定の情報に対して「敏感」になっている瞬間のことを言います。レクサスの広告に興味があるのは車を買い替えたい時だけだし、アート引っ越しセンターに興味があるのは新たに家を購入した時だけでしょう。家でテレビを見ていたり、スマホでYouTubeを見ていたり、街中を歩いていたり、いつでもどこでも異常な量の広告や、企業からのメッセージを目にする割りに、殆どの広告が頭に残っていないのは、すべからくその広告を見ている私たちが「レセプティブモーメント」になっていないからだと言えるでしょう。逆に、レセプティブモーメントを捉えられるのならば、リーチもフリークエンシーもそんなには要らないのです。
なので、もし店頭でのコミュニケーションをよりレセプティブモーメントに突き刺すようなものに出来るとするならば、そのコミュニケーションの効率は間違いなく上がるはずです。
胃薬はいつ買われるか
例えば、ドラッグストアで売られているような市販の胃薬は、意外にも朝一の開店直後によく売れるというデータがあります。何故かご存知でしょうか?
正解は、前日に飲みすぎたサラリーマンが買うからです。おそらくその日も夜に会食があって、胃をなんとかして回復させなければならないのでしょう。であれば、朝10〜11時のコミュニケーションは、こういったお客様に最適化されたようなメッセージになった方が良いはずです。昼過ぎには、脂っこいものを食べてしまった女性客が増えるので、彼女たち向けにさらにコミュニケーションを変えていく。こんな風に、同じ商品でも人により時間帯によりレセプティブモーメントは異なるのが普通なのです。
にも関わらず、店頭コミュニケーションツールは「紙」や「プラスチック」で出来ているのが一般的ですので、レセプティブモーメントに応じたコミュニケーションの出し分けが出来ません。
お惣菜コーナーやお刺身コーナーなどで、マニュアル対応で「帰宅前のタイムセール」のような形でやっているところはありますが、あくまで限定的なものです。
P&G時代に実行しようとしたアイデア
実は私がメーカーでマーケティングをしていた時に、この問題を解決するべく、特定の小売様と組んで店頭のトップボードを全てサイネージ化するという提案をしたことがありますが、実現できませんでした。それも当然、自社が費用を負担してサイネージを設置するのに、競合のメーカーも利用できてしまうのでは、割りにあいません。ドラッグは全国に3万店舗あり、サイネージが一つ5万円するなら、これだけで15億円掛かってしまうからです。
一方で、小売各社からすれば、今までメーカーの負担で作っていた販促ツールを、サイネージの初期費用を自腹切ってまで導入するというのは無理筋な話でした。メーカーも小売も、店頭をより「レセプティブモーメントを捉えられるものに」という意見では一致しているのに、実行面でのハードルが高いという非常に歯がゆい状態だったのです。
店頭DXの本質
昨今では、MADS社のリーダーシップもあり、少しずつではありますが、このようなコミュニケーションを実現する俎上が出来てきました。
私は、「コミュニケーションをパーソナライズ出来る」という機能そのものではなく「消費者のレセプティブモーメントを捉えられる」という便益こそが、この店頭DXの本質であると考えます。消費者も欲しいものが分かるし、メーカーも小売も売上を最大化できるということです。まさに2023年こそが、店頭DX元年になると確信しています。
ここで一番重要なのは、「どのような顧客」が「どのようなレセプティブモーメントを持っているのか?」を発見する「消費者理解能力」と、そこに対して刺さるメッセージをカスタマイズしていく「企画・クリエイティブ力」になると考えています。もはや今までの通り、一つのキービジュアルを作ったらハイおしまい、で済む時代は終わりました。
アジャイルな仮説検証のプロセスを回せるような組織体制や、そのケーパビリティを持てるかどうかが、2023年以降の店頭勝負の分かれ道になると考えています。